お酒を飲む。

そして馬鹿話をする。

これは楽しいし、ストレス解消にもなるし、勿論自分も好きだ(`▽´*)


だけど、涙が出そうになるほど、しょーもない飲み会があるね。

人生を終わったか、目標を失ったか、生活の中での楽しみが無い人達の集まりか。

前向きな話がまるでない。

あるのは下ネタと仲間との馬鹿話や過去の話。

それだけで笑い続けてるのを見てると、「誰か救ってあげてください」と思うよね。

上記のような話は勿論あっても良いし、楽しいけど…。

せめて10分くらいは、趣味や夢や将来の話をしても良いんじゃないか?

お酒を飲んだときに語りたくなるような「熱い話」が無い…というのは、個人的には信じられないね。

音楽をやっている人が、お酒を飲んで音楽の話をしない…なんてのは…考えられんでしょー…。

「下ネタで盛り上げて、一緒に盛り上がるのが、楽しいヤツら」という風潮があるのは解るが、そりゃもうオヤジの世界だよね。

普段の生活のことを考えたく無い人だよ。

酒の力を逃避に使っているだけだと思う。

日本で行われる数多くの飲み会がこんな感じだったら、どーしてこうなの日本って?だよね(涙)

自分は歳をとっても「夢」や「目標」の話をしていたいと思った。


今、地方分権を叫んでるけど、まずはお酒を飲んだ時に「目標」や「将来」を熱く語れる人材の確保が必須だと思う。

やる気のある人は、まず東京に行くからね。

都会への流出を防ぐ為の基盤を築くことが、絶対に必要だ。

じゃないと日本は崩壊するかもしれないよ?

いや、マジで。





 「考える人」「人間は考える葦である」など、素晴らしい作品や言葉がある。

 人が物事を考えるのは、非常に前向きな姿勢だと思っている。

 ところが、「考える」=「悩む」、という図式が正解だと思っている人が多いようだね。

 結果として「考える」ことが、「あまり良くない」という風に思われる傾向さえある。

 「考え過ぎないで!」だの「気分転換しないと!」だの…である。


 「悩む」「迷う」「考える」という、三つの言葉の意味の違いを、私なりに定義してみた。


 「迷う」というのは、自分がどれかを選択できる立場にある。

 これはショッピングなどで、どれを買うか「迷う」という様に、基本的に自分の意思で決定できる。


 問題は「悩む」である。

 「悩む」という行為は、「どうしよう…困った…」という次元の言葉じゃないかと思う。

 「何も考えられない・術がない・考える余地がない」という状況。

 これは普段から「考える行為を避けて生きている人」に多い傾向があるよね。

 「考えている人」に「もうちょっと気楽に!」などと言う人。

 何かあると、テレビを付けて「何も考えず、忘れてしまおう」というタイプの人。

 普段の生活で「考える」という行為が欠落している人は、深い問題が起きた時にパニックになり「考える事」が出来ずに「どうしよう…、困った、どうすれば良いんだろう」となる。

 つまりそれが「悩み」であって、決して良い状況じゃないよね。

 自称「楽天家・人生前向き・プラス思考」という人ほど危険性が高い。

 自分でそれを言わなきゃ、「暗い性格と思われる」のが怖いタイプ。

 その時点で「マイナス思考」なんだ、と認めた方が絶対に楽だと思うよね。

 出来る限り「考え事を無くさなきゃ…」と思っていると、結果、無理が祟って「悩み」で苦しむ事になる。

 ホントの「楽天家」タイプの人は、自分で言わなくても、周りが気づくことを知ってるからね。

 実際に見れば解るし。


 では「考える」行為。

 上記の「悩む」を、「借金」を例にすると解りやすい。

 僅かな借金で、自殺したり、犯罪を犯してしまう人がいる。

 「借金」というのは確かに非常に危険だし、「借金」が「借金」を呼び、大きく膨らんでしまう事もある。

 ここで、考え慣れていない人は、絶望してしまうんだよね。

 「あぁ…どうすればいいんだ…」と。

 「神様助けてください」なんて思い始めたら、破産した方が良いね。

 少しずつでも「借金」を減らしていく方法を「考える」楽しみもある。

 「考える」と糸口は必ず見つかるし、そこに面白みさえ感じることがあるんだ。

 漠然と何かが見えたら、それをとことん追求する。

 「考える気力」を普段から養う努力を皆が行えば、人は不幸のどん底に落ちることは少なくなると思うよね。

 日々、考える努力を惜しまなければ、「悩み」が無くなる日は近いよ。

 ちなみに「借金」の話は、知人・あるいは自分の経験に基づいています(笑)



 今日は日本人だけなのか解りませんが、その不思議な性質を考えました。

 「旅行番組」を観ている時、次回の予告で「以前、行った事のある観光地」が取り上げられると、盛り上がるのは何故だろう?

 「次回は絶対見逃せない!」なんて言うけど、直接そこに行って生で見ているんだから、見逃していいんじゃないのかね。

 実際に次の週になったら番組を見ながら、「あぁ~ここ行った行った!」「この店入った!」なんて感じで、その場に居たときより興奮したりするよね。

 絶対に生で見たほうが美しい景色でも、あきらかにテレビを見ながらだと100倍くらいの美しさになる。

 「そういえば、あの階段のとこでつまづいたよね~、わっはっはっ!」なんて、その時はちょっとした事でも、テレビで現場が映ると途端に「大事件」になるもんね。

 まぁ微笑ましいんだけど、不思議な日本人。

 身内が、ちょっとしたテレビ出演をしたりすると、そりゃ大変。

 ローカル番組の「お店の紹介」コーナーで、ほんのちょっと背景に映るかもしれない…ってだけで録画確定だもんね。

 実際にほんの少しだけ「後姿」が確認できるくらいで、永久保存版になる。

 プロ野球観戦に行った友達なんて、もしかしたら自分が一瞬でも映るかもしれない…って事で、球場で試合観てるのに、「録画予約」して行った。

 自分が映ってるかどうかで頭がいっぱいになって、「試合に集中できなかった」なんて勿体ない話でね。

 「ライト側に居たけど、その試合に出たホームランはレフトスタンドだった、悔しい!」って相手外国人選手のホームランに、違う種類の悔しさを感じてたもんね。

 まぁなんと言ってもテレビ大好き日本人。

 これくらいは愉快な話で済むんだけど、度が過ぎると大変でね。

 いずれ、「日本人はワイドショー信者」っていう記事を書こうと思います!