03/26: 「もったいない」と「エコ」と「経済」
世の中、大不況が予想以上(予想通り?)に長引いているらしい。
同時期に「エコ」という言葉が、世界的な取り組みとして急拡大した。
環境の問題で考えるなら「エコ」思想は遅すぎるくらいだけど、これからの地球を考えるならば、皆が自覚を持って行動しないといけないんだろう。
オゾン層破壊だの言ってた時代から何年経ってるんだろうか?と、人類の行動の遅さに戸惑ったりするね。
さて、問題は「もったいない」という言葉。
「もったいない」という言葉は「エコ」と並んで急加速し始めたけど、非常に危険だよね。
勿論「もったいない」精神は、環境活動として立派だし、大切な事だと思う。
けど、なんでも「もったいない」に急転換したら、企業や商店の倒産が相次ぐのを防げないよ。
「時代」に適った技術を開発する力・資金の無い企業が、どれだけあるか数えてみた方が良い。
景気対策のエコポイントが貯まる商品を作っているのは、大企業だけじゃないのか?(多分)
「煙が出ない煙草」のように、時代と共に進化できる企業や団体なんて、一握りなんだから。
「捕鯨」する側と「捕鯨反対」する側と同じで、どっちも譲れないバランスが大切なんだ。
そんな今、テレビで「アイデア次第で生き残れるんですよ」なんて、調子こいて喋ってる中小企業の馬鹿経営者を見ると腹が立つね。
つまりは「アイデアや発想力が無い企業が倒産するんですよ。」と言ってる訳で。
テレビの前の皆さんに、そんなことを教えてどうすんだ。
倒産した企業の経営者や社員の人達だって、見てるはずだよ。
「あなた達はアイデアが足りませんでした」と、直接顔を見て言えるのかよ。
不景気をきっかけにして、「もったいない」精神が爆発して、消費しないようになる。
タイミングが悪いよね。
景気が良いときに「エコ」へ移行していれば、緩やかに移行できたはずなのに。
何か人類規模で、大きな転換期に来たのか…と思わずにいられない。
06/22: 脳死は「死」?
脳死は「死」として認定されるというのが、衆議院を通ったらしいね。
「脳死」という状態が、いったいどんな事なのかは、本人しか解らないだろう。
人間が人の「死」を決められるものなのか?決めて良いものなのか?
人の「生」へ深く取り組むお医者さんや、臓器移植を待つ人達とその家族の人達にとっては、喜ばしいことかもしれない。
逆に「脳死」とされる人の家族の人達にとっては、非常に辛い現実じゃないか。
だって呼吸をしてるんだよね?心臓の鼓動もあるはず。
「もしかしたら意識が回復する」という、その可能性を信じて生きている人にとっては、生きる支えそのものを失うことになる。
「死」の観念を追及するお坊さん達は、どう思われているんだろう?
こればかりは、どう捉えて良いのか解らない。
どっちにしても、誰かが悲劇を経験してしまう訳だからね。
「生死」は国や他人が決める問題では無いはずだけど、本人から意見は聞き出せない。
考えても考えても結論が出るはずは無いのに、どうやって決定したのだろう?
「脳」を完全に研究し尽くしてからでも遅くは無いような気はする。
だけど、臓器移植を待っている人は多い。
人が進化を続けるたびに、技術が進歩するたびに、人は新たな罪を生み出していく。
「脳死」と呼ばれる人は、こう思ってるかもしれない。
「今の状態は、とても心地良い。このままで居たいよ。」
もしそうだとしたら、殺人行為になる。
本当に良いのか?
01/30: ストレス社会と人間関係
何故人と人とのコミュニケーションが歪んだ形になっているのか?
人間関係に疲れる…という人の事を考える。
その人が属している組織のシステムが、既に時代の求めているそれと違うと考えた。
正直に言うなら、人と人はいがみ合いながらでも、上手く息抜きをして誤魔化しながら生きて欲しいと思うが。
しかし人間は進化しすぎた。
そして楽な方を選ぶようになった。
それが自殺であったり、殺人であったりと、とんでもない行動に表れるのだろう。
原始時代なら、おそらく滅多に無かったのではないか。
しかし、後戻りは出来ないし。
じゃあ時代が求める組織のシステムとは何だろうか?という事で…。
上司だの部下だのを無くすのが良いね。
会社に来なくても良い。
つまり、自分の仕事さえキチンとすれば、何処に居ても良い。
弊社は現在、このシステムを確立したく思っております。
社員が本当の意味で自立する事。
自分がやりたい事を、明確に表現する事。
全員が、経営・企画・方向性を勝手に考えて提出する。
それが簡単に行える雰囲気を出す事。
「こんな馬鹿げた案を」と言っただけで、二度と企画を出せなくなる人も居るだろうし。
それは、人一人を駄目にしてしまうことで、大きな罪だと思うがね。
そんなヤツの頭の中だけで決められるのも可哀想だ。
「俺、私、また企画持ってきちゃいました(笑)」という、軽い感じが良い。
「またかょ~…今度ゎ本気だろうね?」と言いながらも、それは会社にとっては財産だと思うよね。
社員にやりがいを与え、会社は活性化する。
IT事業の筈なのに「地域に根ざした古美術屋をやりたい」というのも非常に面白い案だし、それに賛同する人間が居れば、プロジェクトチームを勝手に作る。
プロジェクトを作った後に、社長に報告ってのも面白い。
そこで更に参加者を募る。
目標が同じだから、あまり人間関係のストレスも無いよね。
当然、意見の食い違いもあるだろうけど、少々のストレスはあった方が良いと思うし。
仕事は出来るが仕事嫌いという人間には、一日の最低限の仕事量を決めておいて「終わったら遊んでも良い」というルールにしておく。
一日の仕事時間が3時間っていうのも別に悪くない。
きちんと仕事してるんだから。
デスクがあって椅子に座って、5時を待つっていうのが、意味が無いよね。
「じゃぁ仕事が出来ないで仕事嫌ぃの人ゎ?」と怒られそうですが、そういう人とは「夢」を語り合って、やりたい事を探り出して、事業の方向性のヒントになるかもしれない。
それは、その都度柔軟なアイデアが出るようになると思うよ。
先に決め付けるのが非常に危険であってね。
「こいつは仕事が出来ない」というレッテルを貼られたら、その会社に居るだけ無駄だし、そんなレッテルを貼る会社は、人の才能を見い出そうとしない「お堅い会社」なんだよね。
会社の外で問題を起こさなければ、自由にやらせるのが一番だと思う。
自然体こそ最も人間の力が発揮できる…かどうかは知らないけど、常にリラックスした環境を与える事が、今の組織が行うべき事じゃないのかなぁ。
就職したい企業No1になるよね。
そして、それが当たり前の世の中になるんじゃないかな?
人間という動物としては、駄目になるばかりかもしれないけど。