Posted by: tomitaka

世の中、大不況が予想以上(予想通り?)に長引いているらしい。

同時期に「エコ」という言葉が、世界的な取り組みとして急拡大した。

環境の問題で考えるなら「エコ」思想は遅すぎるくらいだけど、これからの地球を考えるならば、皆が自覚を持って行動しないといけないんだろう。

オゾン層破壊だの言ってた時代から何年経ってるんだろうか?と、人類の行動の遅さに戸惑ったりするね。


さて、問題は「もったいない」という言葉。

「もったいない」という言葉は「エコ」と並んで急加速し始めたけど、非常に危険だよね。

勿論「もったいない」精神は、環境活動として立派だし、大切な事だと思う。

けど、なんでも「もったいない」に急転換したら、企業や商店の倒産が相次ぐのを防げないよ。

「時代」に適った技術を開発する力・資金の無い企業が、どれだけあるか数えてみた方が良い。

景気対策のエコポイントが貯まる商品を作っているのは、大企業だけじゃないのか?(多分)

「煙が出ない煙草」のように、時代と共に進化できる企業や団体なんて、一握りなんだから。

「捕鯨」する側と「捕鯨反対」する側と同じで、どっちも譲れないバランスが大切なんだ。


そんな今、テレビで「アイデア次第で生き残れるんですよ」なんて、調子こいて喋ってる中小企業の馬鹿経営者を見ると腹が立つね。

つまりは「アイデアや発想力が無い企業が倒産するんですよ。」と言ってる訳で。

テレビの前の皆さんに、そんなことを教えてどうすんだ。

倒産した企業の経営者や社員の人達だって、見てるはずだよ。

「あなた達はアイデアが足りませんでした」と、直接顔を見て言えるのかよ。


不景気をきっかけにして、「もったいない」精神が爆発して、消費しないようになる。

タイミングが悪いよね。

景気が良いときに「エコ」へ移行していれば、緩やかに移行できたはずなのに。

何か人類規模で、大きな転換期に来たのか…と思わずにいられない。

Posted by: tomitaka

 脳死は「死」として認定されるというのが、衆議院を通ったらしいね。

 「脳死」という状態が、いったいどんな事なのかは、本人しか解らないだろう。

 人間が人の「死」を決められるものなのか?決めて良いものなのか?

 人の「生」へ深く取り組むお医者さんや、臓器移植を待つ人達とその家族の人達にとっては、喜ばしいことかもしれない。

 逆に「脳死」とされる人の家族の人達にとっては、非常に辛い現実じゃないか。

 だって呼吸をしてるんだよね?心臓の鼓動もあるはず。

 「もしかしたら意識が回復する」という、その可能性を信じて生きている人にとっては、生きる支えそのものを失うことになる。

 「死」の観念を追及するお坊さん達は、どう思われているんだろう?

 こればかりは、どう捉えて良いのか解らない。

 どっちにしても、誰かが悲劇を経験してしまう訳だからね。

 「生死」は国や他人が決める問題では無いはずだけど、本人から意見は聞き出せない。

 考えても考えても結論が出るはずは無いのに、どうやって決定したのだろう?

 「脳」を完全に研究し尽くしてからでも遅くは無いような気はする。

 だけど、臓器移植を待っている人は多い。

 人が進化を続けるたびに、技術が進歩するたびに、人は新たな罪を生み出していく。

 「脳死」と呼ばれる人は、こう思ってるかもしれない。

 「今の状態は、とても心地良い。このままで居たいよ。」

 もしそうだとしたら、殺人行為になる。

 本当に良いのか?



Posted by: tomitaka

何故人と人とのコミュニケーションが歪んだ形になっているのか?

人間関係に疲れる…という人の事を考える。

その人が属している組織のシステムが、既に時代の求めているそれと違うと考えた。

正直に言うなら、人と人はいがみ合いながらでも、上手く息抜きをして誤魔化しながら生きて欲しいと思うが。

しかし人間は進化しすぎた。

そして楽な方を選ぶようになった。

それが自殺であったり、殺人であったりと、とんでもない行動に表れるのだろう。

原始時代なら、おそらく滅多に無かったのではないか。

しかし、後戻りは出来ないし。


じゃあ時代が求める組織のシステムとは何だろうか?という事で…。

上司だの部下だのを無くすのが良いね。

会社に来なくても良い。

つまり、自分の仕事さえキチンとすれば、何処に居ても良い。

弊社は現在、このシステムを確立したく思っております。

社員が本当の意味で自立する事。

自分がやりたい事を、明確に表現する事。

全員が、経営・企画・方向性を勝手に考えて提出する。

それが簡単に行える雰囲気を出す事。

「こんな馬鹿げた案を」と言っただけで、二度と企画を出せなくなる人も居るだろうし。

それは、人一人を駄目にしてしまうことで、大きな罪だと思うがね。

そんなヤツの頭の中だけで決められるのも可哀想だ。

「俺、私、また企画持ってきちゃいました(笑)」という、軽い感じが良い。

「またかょ~…今度ゎ本気だろうね?」と言いながらも、それは会社にとっては財産だと思うよね。

社員にやりがいを与え、会社は活性化する。

IT事業の筈なのに「地域に根ざした古美術屋をやりたい」というのも非常に面白い案だし、それに賛同する人間が居れば、プロジェクトチームを勝手に作る。

プロジェクトを作った後に、社長に報告ってのも面白い。

そこで更に参加者を募る。

目標が同じだから、あまり人間関係のストレスも無いよね。

当然、意見の食い違いもあるだろうけど、少々のストレスはあった方が良いと思うし。

仕事は出来るが仕事嫌いという人間には、一日の最低限の仕事量を決めておいて「終わったら遊んでも良い」というルールにしておく。

一日の仕事時間が3時間っていうのも別に悪くない。

きちんと仕事してるんだから。

デスクがあって椅子に座って、5時を待つっていうのが、意味が無いよね。

「じゃぁ仕事が出来ないで仕事嫌ぃの人ゎ?」と怒られそうですが、そういう人とは「夢」を語り合って、やりたい事を探り出して、事業の方向性のヒントになるかもしれない。

それは、その都度柔軟なアイデアが出るようになると思うよ。

先に決め付けるのが非常に危険であってね。

「こいつは仕事が出来ない」というレッテルを貼られたら、その会社に居るだけ無駄だし、そんなレッテルを貼る会社は、人の才能を見い出そうとしない「お堅い会社」なんだよね。

会社の外で問題を起こさなければ、自由にやらせるのが一番だと思う。

自然体こそ最も人間の力が発揮できる…かどうかは知らないけど、常にリラックスした環境を与える事が、今の組織が行うべき事じゃないのかなぁ。

就職したい企業No1になるよね。

そして、それが当たり前の世の中になるんじゃないかな?

人間という動物としては、駄目になるばかりかもしれないけど。